充実の企業調査
多くのマスコミは、なぜ大金を掴める株式公開を待たないで退職したのかに関心を寄せた。
彼は、その質問に対して、たしか次のような趣旨の話をしていた。
「ゴールドマンの代々のパートナーと社員が努力して積み上げてきた資本を一受け継いだ自分が、それを次世代にそのままの形で渡すのではなく、今後何十年分かの利益に相当する価格で売ってしまうようなことをしては、今後自分が良い人生を過ごせるとは思わない」松本さんは、株式公開益を自分の懐に入れることを、自らの人生の選択として「潔し」としなかった。
彼のこの判断と見識に、感銘する。
強欲に満ち満ちているウォール街で生きてきて、なかなかできる判断ではない。
彼とは正反対の行動を取るのが通常の経営者であり、その片棒を担ぐのが投資銀行なのである。
バイオ・ブームやインターネット関連で生まれたITブームなどが盛り上がる過程では、これをビジネスチャンスとばかりに、新興企業が次々に生まれた。
そこに、新たな儲け口を嗅ぎ取ったウォール街の強欲主義者が「理屈付け」のお化粧を施す。
そして起こったのがバイオ・ブームやITブームであった。
しかし、真っ当なビジネスとして成功する企業は少ない。
ほとんどはブームに乗った「売るための会社」で、永続的に事業を発展させることなど、最初から考えていなかった。
株式公開後、ほどなくポロボロと崩壊していったが、同時にたくさんの不幸な投資家も生もちろん、ウォール街の強欲主義者は、そんなことなどお構いなしだ。
「売るためにつくった会社」のストーリー・テラーとなり、「売り切ってしまえばそれで終わり」である。
冷静に考えれば、これは合法と非合法の境界線にあるビジネスだ。
確かに法に違反していない合法なビジネスだが、多くの人たちは詐欺まがいのビジネスと思うだろう。
このようなビジネスは、神様の前では「盗み」以外の何物でもない。
「合法なのだから何をやってもいい」という人たちは、やがて一線を越えて司直に裁かれ、塀の向こうに落ちていく。
IT関連企業の新規公開を手がけて一時代を築いたファースト・ボストン(現在のクレディ・スイス)の投資銀行家、フランク・クァトロンがそうだった。
彼は、最終的には起訴取り下げになったが、退職し、チームは解散させられている。
「お友達」同士での市場形成無罪になったとはいえ、このフランク・クァトロンにかけられた嫌疑については述べておかなければならない。
彼はファースト・ボストンに、IT関係の投資銀行家や証券アナリストを含む一族郎党を連れて一雇われていた。
シリコンバレーに支店を開設し、花形投資銀行家として活躍してこの「一族郎党丸抱え方式」というのは、先に述べた「バランス・シート貸し業」と同様のものである。
この部隊は会社内に一つの独立した別会社を創るようなもので、しかも、ほとんど治外法権ともいってよいほど、他の部署から独立している。
ボスが全権を掌握して仕事をし、会社とは利益配分の契約を交わし、利益の何割かがこの部隊に配分される。
部下への配分は、多くの場合、ボスが取り仕切るため、部下は会社を意識するよりも、自分たちのボスと仕事仲間に忠誠を尽くして仕事をする。
例をとるなら、「傭兵部隊」のようなものである。
クァトロンたちは、IT企業の公開に関して、業界トップを争うほどの実力部隊だった。
連戦連破、破竹の勢いの部隊だったと言ってもいい。
では、何故それほどまでに強くなったのか。
当時の報道では、彼らには「クァトロンのお友達」というリストがあった。
シリコンバレーの有力者のリストで、IT企業経営者、役員などの名前が並んでいた。
クァトロン部隊が手掛けた公開株の一定割合は、必ずこれらの「お友達」にはめ込まれたという。
そして株式が公開され、株価が上がると転売され、「お友達」には必ず値上がり益が入るよう強欲資本主義のメカニズム「お友達」が手にした利益は巨額で、実質的に賄賂として寄与したことになる。
これらの「お友達」は、クアトロンとお友達でいたいがために、彼に有力な情報を提供したり、仕事を与えたりしていたという。
実質的な賄賂の原資を提供させられることになったのは、もちろんクァトロンたちではない。
それは、株式を公開した企業の株主で「クァトロンのお友達リスト」に載っていない人々である。
彼らはその分低い価格で株を売り出させられた訳である。
株主の中にはベンチャー・キャピタルに出資している機関投資家なども入っている。
やがて、「こんな不正は許せない」となったのは当然だろう。
しかし、クァトロンは弁護士が腕利きだったのか、検察が脇甘かつたのか、起訴取り下げとなって、再び投資銀行界に復帰したようだ。
日本でも古くはリクルート事件をはじめ、「政治銘柄」、「野村の推奨銘柄」というように、同類の事件は起きている。
古今東西、株式市場をめぐる不透明な取引や不正は消えることはない。
一方、こうした株式公開時の値決めや配分メカニズムはおかしいと問題提起し、新しい配分システムを提唱した人物がいる。
コニャックの空瓶私は夕食後にコニャックを飲むのが好きだ。
フランスでつくられるコニャックは、味はもちろん瓶のデザインも素晴らしい。
美しい瓶に入っているせいか、口に含んだときのコニャックは、より美味しく感じられる。
ウォール街のM&Aビジネスで、私たちが「コニャックの空瓶売却」と呼ぶケースがあるその人物は、ビル・ハンブレヒトといって、もともとはハンブレヒト&クイストというIT関係企業専門の投資銀行を経営していた。
やがてこの会社をチェース・マンハッタン銀行に売却し、その後、WRハンブレヒトという会社を設立した。
この会社は企業の株式公開だけを専門に行う投資銀行だが、公開株の公募では、すべて入札方式を採用した。
どんなに有力な機関投資家であっても、価格が落札できる水準を上回っていなければ配分を受けられない。
お友達かどうかはまったく関係ないという、透明性を追求した方式である。
実は、グーグルが株式を公開したときに、この方式が採用された。
これで入札方式は市民権を得たといえる。
とはいえ、従来方式の株式公開も行われており、公開時の不正をなくし、透明性を高めるには、まだまだ時間と工夫が必要だ。
る。
美味しいコニャックが入った素晴らしい買い物と思ったのも束の間、売り手は客に売った瞬間に中身を抜いて、渡すのは空瓶だけというものだ。
まるで手品のようなやり方だが、どういう仕組みなのか。
ファースト・ボストンのM&A部門で稼ぎ頭だったブルース・ワッサースタインとジョー・ペレラという投資銀行家が独立、「ワッサースタイン・ぺレラ」という投資銀行を設立した。
やがてこの投資銀行に、ドイツのドレスナー銀行が買い手としてやってきた。
ドレスナー銀行は、シティのマーチャント・バンクであるクラィンゥォー卜・ベンソンをすでに買収しており、ワッサースタイン・ぺレラを買収することにより、ロンドンとニューョークで拠点が整うことになる。
買収は成功して「ドレスナー・クラィンゥォー卜・ワッサースタイン」という長い名前の会社ができた。
ところが、ドレスナー銀行が大枚をはたいて買ったこの会社には、ワッサースタイン、ペレラの両氏とも残ってはいなかったのだ。
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